父が亡くなり、母が施設に入ってから数ヶ月、私は久しぶりに自分が育った一軒家の実家を訪れました。懐かしいはずの木の扉は、なぜか重く、開けるのを拒んでいるかのようでした。意を決して鍵を回し、中へ一歩踏み出した瞬間、私は自分の目を疑いました。かつて家族で団らんを楽しんだ居間は、足の踏み場もないほどにモノで埋め尽くされていたのです。いわゆるゴミ屋敷となった実家を目の当たりにして、私は怒りよりも先に、深い悲しみに襲われました。どこにでもある普通の一軒家が、いつからこれほどまでに荒廃してしまったのか。部屋を巡ると、母が趣味で集めていた大量の手芸用品、父が捨てられなかった古い新聞、そして私が子供の頃に使っていた教科書までもが、埃にまみれて山を成していました。一軒家は収納スペースが多い分、モノを溜め込みやすく、その変化に気づきにくいという罠があります。私はまず、自分の手で片付けを始めましたが、すぐに限界を感じました。一つの部屋を整理するだけで一日が終わり、家全体の物量を考えると気が遠くなるような絶望感に襲われたのです。そこで、専門の清掃業者に見積もりを依頼することにしました。プロの視点から示された現実は厳しく、トラック数台分の搬出が必要だと言われました。作業当日、スタッフの方々がテキパキとモノを運び出す様子を眺めながら、私は一つひとつのモノと向き合いました。これは単なるゴミではなく、両親が生きてきた証であり、手放すことは彼らの人生の一部を切り捨てるような罪悪感を伴いました。しかし、業者の人は「モノを減らすことは、大切な思い出をより輝かせるための準備ですよ」と優しく声をかけてくれました。作業が進むにつれて、数十年ぶりに姿を現したフローリングの床や、壁の傷跡。それらはすべて、この家で私たちが生きてきた確かな記憶でした。二日間かけて家は空っぽになりました。最後の一片の塵を掃き出したとき、私はようやく父の死を受け入れ、母の新しい生活を心から応援できる準備が整ったと感じました。一軒家という大きな器を整理することは、自分自身の心の中にある複雑な感情を整理する作業でもありました。ゴミの山に埋もれていたのは、実は家族の再生へのきっかけだったのかもしれません。今、静かになった実家に風を通しながら、私はこれからの自分の人生を、この家のように風通しの良いものにしていこうと心に誓っています。
実家がゴミ屋敷化した一軒家の整理記録